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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)3186号 判決 1996年12月12日

原告

濱藤智

被告

矢津史雄

主文

一  被告は、原告に対し、金二一一万五八〇〇円及びこれに対する平成五年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇六九万七五七六円及びこれに対する平成五年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、横断歩道を歩行中の歩行者と自動二輪車が衝突し、歩行者が傷害を負つた事故につき、歩行者が自動二輪車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成五年一一月二〇日午後一時二五分ごろ

(二) 場所 大阪府池田市木部町一五五番地先路上

(三) 加害車両 被告運転の自動二輪車(一大阪な三八、以下「被告車」という。)

(四) 事故態様 信号機のない横断歩道を歩行中の原告に被告車が衝突し、原告が左前額部に打撲・挫傷・擦過傷の傷害を負つた。

2  原告の治療経過等

原告は、市立池田病院外科に、本件事故当日から同月二二日までの三日間入院し、同月二四日から同年一二月一日までの間に実日数にして四日間通院し、同病院皮膚科に平成六年三月九日と同年四月五日の二日間通院した。

原告は、本件事故により顔面に炎症後色素沈着、皮下異物の症状を残し、自賠責保険会社より、自賠法施行令後遺障害等級表第一二級一四号(以下、級と号のみ示す。)に該当すると認定された。

3  損害のてん補

原告は、自賠責保険会社より、損害のてん補として、二三〇万九一〇〇円の支払いを受けた。

二  争点

1  被告の責任及び過失相殺

(原告の主張)

被告は、横断歩道の手前では減速する義務があるのに、これを怠り、減速しないまま漫然と時速五〇キロメートルで走行した過失がある。

よつて、被告は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(被告の主張)

原告は横断歩道を横断中、急に転回して、もと来た方向に走つてきたので、被告は衝突を避けることができなかつた。

よつて、被告には過失はない。仮にあるとしても、大幅な過失相殺がされるべきである。

2  後遺障害の有無

(原告の主張)

原告は、本件事故により、顔面に醜状障害を残し、平成六年八月一一日に症状固定した。その障害の程度は、自賠責保険会社の認定のとおり、一二級一四号である。

(被告の主張)

原告の顔面に残つている醜状痕は、いずれも、レーザー治療(皮膚にレーザー光線を照射し、メラニン色素を熱凝固変性させる治療法)等により完全に治癒するのであるから、後遺障害とはいえない。

3  損害額

(原告の主張)

(一) 入院雑費 三九〇〇円

(二) 通院交通費 六〇〇〇円

(三) 看護料 三万三〇〇〇円

(四) 逸失利益 八四六万三七七六円

(五) 入通院慰藉料 三〇万円

(六) 後遺障害慰藉料 二七〇万円

なお、逸失利益が認められない場合は、予備的に、一一一六万三七七六円の後遺障害慰謝料を請求する。

(七) 将来の手術費用 五〇万円

(八) 弁護士費用 一〇〇万円

以上の合計額一三〇〇万六六七六円から自賠責保険からてん補された二三〇万九一〇〇円を控除すると、一〇六九万七五七六円となる。

よつて、原告は、被告に対し、民法七〇九条に基づき、一〇六九万七五七六円及び不法行為の日である平成五年一一月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三争点に対する判断

一  被告の責任及び過失相殺

1  証拠(乙一の1ないし7、検乙一、被告、原告法定代理人親権者濱藤豊、弁論の全趣旨)を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、南北に延び、歩車道の区別のある幅員約九メートルの国道四二三号線(以下「本件道路」という。)と東西に延びる幅員約四メートルの道路が交わる信号機のない交差点の北詰横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上であり、その状況は別紙図面のとおりである。本件道路は、市街地にあり、交通は頻繁で、事故当時、南行車線は渋滞していた。また、本件事故当時の天気は晴れで、本件道路の路面は平坦で、アスファルトで舖装されており、制限速度は、時速四〇キロメートルに制限されていた。

被告は、本件道路を南進していたが、南行車線が渋滞していたので、渋滞車両の左側を時速約三〇キロメートル程度で走行し、別紙図面<1>の地点(以下符合のみを示す。)に至つたが、そこから先は渋滞車両の左側に走行するだけのスペースがなかつたので、渋滞車両の右側の<2>に出たところ、原告(当時、七歳女子)を<ア>に認めた。そして、被告車が<3>まで来たとき、左側の渋滞車両越しに原告が本件横断歩道を横断し終えたのが確認できたので、被告は、時速五〇キロメートル程度まで加速し、<4>まで来たとき、原告が、左前方の車高の高い停止車両甲(ワゴン車)の陰から、小走りに<ウ>に引き返してきたため、被告は衝突の危険を感じ、急ブレーキをかけハンドルを右に切つたが、<×>で衝突した。

2  以上によれば、被告は、横断歩道の設置された交差点に進入するときは、減速して、歩行者の有無を確認してから走行しなくてはならず、特に、本件事故時には、南行車線が渋滞していたため、南行車線の本件横断歩道の直前に車高の高いワゴン車が停止していて、本件横断歩道の被告の進行方向の左側の見通しが悪かつたのであるから、左側から歩行者が出てくることを予想して、減速しなくてはならなかつたのに、漫然と時速五〇キロメートル程度まで加速して走行した過失がある。

よつて、被告には、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

他方、原告には、一旦、本件横断歩道を渡り終えたのに、もと来た方向に引き返し、小走りに本件横断歩道を再び横断したために、被告車と衝突してしまつたという事情はあるものの、一旦横断したのにまた引き返して再び横断するという行動自体は、特に異常な行動ということはできないし、原告が小走りに横断したとしても、原告が本件事故当時七歳の女子児童であつたことを考えれば、それほどの速度が出ていたとも考えられないのであるから、本件事故は、被告が前記注意義務を尽くして走行していれば、避けられた事故であるといえる。

以上の事実及びその他諸般の事情を考慮して、過失相殺はしないこととする。

二  後遺障害の有無

1  原告が本件事故により顔面に炎症後色素沈着、皮下異物の症状を残し、自賠責保険会社より、一二級一四号の認定を受けたことは当事者間に争いはない。

ところが、被告は、右症状は、レーザー治療等によつて完治するのであるから、後遺障害とはいえないと主張するので、その点につき、判断する。

2  前記争いのない事実及び証拠(甲二、七、検甲一ないし五、乙一〇の1ないし6、一一、一八ないし二〇、原告法定代理人親権者濱藤豊、弁論の全趣旨)を総合すると、以下の事実が認められる。

原告は、本件事故の衝突により、前頭部等を路面に打つたため、前記のとおり前額部打撲・挫傷・擦過傷の傷害を負い、市立池田病院で傷口を四針縫合する等の治療を受け、前記のとおり入通院したが、左眉毛上部に二・五センチメートル×一センチメートル大の脱色陥凹瘢痕、同部に二センチメートル×一センチメートル大の刺青様陥凹瘢痕、左眼尻上部に直径〇・二センチメートルの刺青様瘢痕、左頬部に直径一・五センチメートルの刺青様瘢痕が残つた。

そこで、同病院の担当医は、平成六年八月一一日、症状固定日を同日とする後遺障害診断書を作成した。そこには、傷病名は炎症後色素沈着、皮下異物とされ、今後の見通しについては、経過を見て必要な場合には、皮下の異物除去術を行うこともあると記載された。そして、前記のとおり、原告は、自賠責保険会社より、一二級一四号と認定された。

ところで、原告は、同病院担当医の紹介により、平成七年一二月二二日、大阪大学医学部の医師の診察を受けたところ、左前額部に肥厚性瘢痕、左眉毛上部、左眼瞼部、左頬部の三か所に淡黒色の外傷性刺青があり、前額部の肥厚性瘢痕は手術によつてもう少しきれいに修正可能であるが、外傷性刺青については、治療法として、<1>皮膚を切除する方法、<2>皮膚表面を削る方法、<3>レーザー治療があるものの、<1>は、左眉毛上部、左眼瞼部については施行可能だが、左頬部については傷が大きくなるので行わない方がよく、<2>は、皮膚を表皮まで削るが、異物が深いと取りきれないことがあり、また、深く削りすぎると肥厚性瘢痕となつてしまう危険があること、<3>は、ここ数年行われるようになつてきているが、効果は未確定であり、該治療が有効かどうかはケースバイケースであると診断を受けた。

これを受けて、市立池田病院の担当医は、原告の母親に、左前額部の肥厚性瘢痕は、手術をしてもう少しきれいにすることも可能と考えられるが、外傷性刺青は、そのすべてを切除して治療することはできないし、他の治療法としては、皮膚表面を削る方法、レーザー治療もあるが、前者は、深い刺青状態では治らない上、かえつて瘢痕となることがあるし、後者は、最近始まつた治療法であり、その効果については、まだはつきりとしたことは言えず、施行して刺青がとれる場合とかえつて色素沈着を来して汚くなる場合があり、結局、いずれの方法でも、今よりさらに症状を悪化させる場合があるから、これらの治療を希望するのは、十分に考えてからにしてほしい旨説明した。

なお、レーザー治療は、平成八年四月一日から健康保険の適用を受けるようになつた。

3  以上によれば、原告の顔面に存する醜状痕は、レーザー治療等により、治癒する可能性も否定できないが、原告の母親は、原告の担当医から、レーザー治療は、最近始まつた治療法であつて、その効果については、まだはつきりとしたことは言えず、今よりさらに症状を悪化させる場合もあり得る旨説明を受けているのであるから、原告の父母が原告にレーザー治療を受けさせることに躊躇するのは無理からぬところがあり、原告の父母が原告にレーザー治療を受けさせないのには相当な理由があると認められる。

なお、被告の提出する証拠(乙四の1ないし3、五、六、七の1ないし3、八、九、一二ないし一四、一五の1、一六の1、一七、二一の2)によれば、形成外科の分野においてレーザー治療は、一般的な治療法になりつつあり、医師によつては、ほとんどの症例で有効であると述べる者もいることが認められるし、前記のとおり、最近になつてレーザー治療にも健康保険の適用も受けるようにはなつた事情も認められるけれども、レーザー治療が、まだ新しい治療法であることには違いないのであるから、右各事情は、原告の父母が原告にレーザー治療を受けさせないのには相当の理由があるとする前記認定を左右するものではない。

そうすると、このような場合、原告がレーザー治療を受けないからといつて、原告の後遺障害の存在を否定するのは相当ではなく、原告の前記醜状痕は、後遺障害と認めることができ、その程度は、自賠責保険会社の認定どおり、一二級一四号であると認めるのが相当である。

三  損害額

1  入院雑費 三九〇〇円

前記のとおり、原告は、市立池田病院に三日間入院しており、入院雑費は、一日一三〇〇円が相当であるから、原告主張のとおり三九〇〇円を認める。

2  通院交通費 否定

原告は、六〇〇〇円の交通費を要したと主張しているが、その事実を認めるに足りる証拠はない。

3  入院付添費 九〇〇〇円

原告の入院中、付き添い看護を要した旨の医証はないが、原告の年齢等に照らせば、一日三〇〇〇円の付添看護費を認めるのが相当である。

4  通院付添費 一万二〇〇〇円

原告は、前記のとおり、六日間通院したことが認められるが、原告の症状の程度、年齢等に照らし、通院付添費用は、一日当たり二〇〇〇円が相当である。

5  逸失利益 否定

前記のとおり、原告は本件事故当時七歳の女子であり、本件事故のため、左眉毛上部に二・五センチメートル×一センチメートル大の脱色陥凹瘢痕、同部に二センチメートル×一センチメートル大の刺青様陥凹瘢痕、左眼尻上部に直径〇・二センチメートルの刺青様瘢痕、左頬部に直径一・五センチメートルの刺青様瘢痕の醜状障害を残しているが、右醜状障害は、原告の身体的機能に障害をもたらすものではなく、物理的に労働能力喪失をもたらすものではないので、原告の将来の逸失利益を認めるには、原告が、将来、右醜状障害のために就職等で不利益を受ける蓋然性があると認められなくてはならないと考えられるところ、原告が女子であることを考慮しても、右程度の醜状障害が原告の将来の就職等に悪影響を及ぼすと確定的に認定することはできない。

よつて、原告に将来逸失利益が発生すると認めることはできないが、右事情は、後遺障害慰藉料の算定において考慮することにする。

6  入通院慰藉料 二〇万円

前記原告の入通院期間等に照らし、入通院慰藉料は、二〇万円が相当である。

7  後遺障害慰藉料 四〇〇万円

前記原告の後遺障害の内容・程度、原告に醜状障害があるにも関わらず逸失利益が認められないこと、原告が醜状痕のために学校の級友にからかわれるなどして心痛めていること等本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、後遺障害慰藉料は、四〇〇万円が相当である。

8  将来の手術費用 否定

前記のとおり、原告の前記後遺障害は、将来の手術により改善する可能性も否定できないが、原告法定代理人親権者濱藤豊は、現在原告に手術を受けさせるつもりはなく、将来手術を受けるかどうかは、原告が二〇歳になつたころ、原告の意思を確かめてから決めると供述していること等に照らし、原告が将来確実に手術を受けるとは認められないし、その費用等についての具体的立証もなされていない。また、前記のように、醜状障害の存在を後遺障害慰藉料の算定事由として考慮していることからも、将来の手術費用は認められない。

9  弁護士費用 二〇万円

以上の合計額は、四二二万四九〇〇円となるが、右額から、自賠責保険からてん補された二三〇万九一〇〇円を控除すると、一九一万五八〇〇円となるところ、弁護士費用は、本件事案の内容、認容額等に照らし、二〇万円が相当である。

三  結語

以上により、原告の請求は、二一一万五八〇〇円及びこれに対する不法行為の日である平成五年一一月二〇日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 松本信弘 石原寿記 宇井竜夫)

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